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大阪広告協会賞 受賞企業インタビュー

第6回に登場いただくのは、サントリーホールディングス株式会社です。
記憶に残る広告を発信し続けるサントリーのクリエーティブの作法とは?
創業者・鳥井信治郎氏から佐治敬三氏を経て脈々と受け継がれてきた広告哲学、
またデジタル時代の「やってみなはれ」の実践などについて、お伺いしました。

サントリーホールディングス株式会社執行役員
サントリービジネスエキスパート株式会社 常務取締役 宣伝・デザイン本部長 山田眞二さま

「やってみなはれ」の精神で、
オモロい広告をつくり続ける

サントリーホールディングス株式会社執行役員
サントリービジネスエキスパート株式会社 常務取締役
宣伝・デザイン本部長 山田眞二さま
1980年サントリー株式会社入社。宣伝部配属。
2012年サントリー酒類株式会社執行役員、
2014年サントリービール株式会社常務取締役などを経て、2016年4月より現職。
宣伝企画では1980~1990年代のサントリービール全般、
商品企画ではビール部門、スピリッツ・リキュール部門、
RTD(ready to drink)部門の通算500アイテム以上を手掛けた。

ヌードポスターや手書き文字の新聞広告など
いまだに超えられないアイデアフルな初期の広告

伊吹先生 御社の広告の部署のつくりや広告に対する思いは独特なものであると思っています。いろいろお伺いしたいのですが、まず御社の広告の取り組みについて基本的な特徴をお聞かせください。

山田本部長 私は1980年に入社して配属されたのが宣伝部で、10年ほど在籍しました。その当時は、まだ2か月に1回ぐらいのペースで、開高健先生が佐治敬三氏に会いに来られており、「ザ・サントリー宣伝部」のような時代でした。私自身は、それから現在までの約30年、「角ハイボール」「金麦」「ザ・プレアム・モルツ」に至るまで担当者やマネージャーとして宣伝や商品開発に携わってきました。
サントリーの1番最初の宣伝は、明治40年の寿屋(サントリーの前身)の会社紹介の新聞広告になりますが、それから2年後には製品のイラストが入った「赤玉ポートワイン」の紙面をつくっています。この時から広告というものに大きな期待をしていたことがわかります。

伊吹先生 ヌードポスター(大正11年)は、人気を博したとされる一方で、大論争を引き起こしたという話を伺ったことがあります。

山田本部長 あの時代に、ヌードポスターを出したということからわかるように、その頃からアイデアフルで、「お客様に面白いことを提案したい」というサービス精神とともに、そのことによって、自分たちの商品を話題にしていただこうと意識していたことが伺えます。新聞原稿の中に手書きで文字を入れた大正9年の「赤玉ポートワイン」の新聞広告は、今見ても驚きがある広告ですし、自分の会社のことながら初期の広告に対しては本当に尊敬の念をもっています。そして、その一方で、大正11年にヌードポスターで世の中をあれだけ沸かせたようなことを、僕らが今できているか、ということはいつも自問自答がありますね。

伊吹先生 古くから広告をされているという点では他にも同様の企業がありますが、世の中を動かすインパクトのある広告を発信された企業は多くないですね。

山田本部長 先生がおっしゃるように、過去の強烈な手本があるから、それを超えようと頑張るんですけど……。ある意味絶対超えられないので、努力を続けている、連続してやっていくしかなくって。サントリーのクリエーティブで、「これで完璧だ!」というような経験は、僕らの感覚では、一度もありません。

伊吹先生 広告を目指す方にとって、サントリーさんの宣伝部は憧れの存在であると思います。意欲のある新入社員に対して、どのように宣伝のことを教えていらっしゃるのでしょうか。

山田本部長 普通の広告ではダメで、プラスアルファをどのくらいの強さにしていくかということが大事です。その部分に関しては、宣伝を担当する社員には、一緒に仕事をする過程で、以心伝心で代々伝わっていっていると思います。

伊吹先生 クリエーティブのプラスアルファというのは、強ければいいという訳ではないですよね。

山田本部長 もちろんです。場合によっては音楽で押すし、場合によってはコピーで時代を変える。「サントリーらしい広告」という一つの決まったフォーマットはなく、広告として一定の要件を満たした上で、とんがった部分、気を引く部分、耳に残る部分などを必ず入れましょう、という風に作っています。どの部分をそぎ落として、どの部分を乗せるかということを歴代の宣伝マンはずっと意識しています。

「ボケとツッコミ」のような
やり取りから“創発”が生まれる

伊吹先生 そのような広告哲学が脈々と受け継がれて、時代を代表するクリエーティブがつくられているのですね。そういった哲学を絶やさずにこられたポイントは何でしょうか。

山田本部長 歴代のトップが宣伝が大好きだった、なにより宣伝の力を信じていた、ということが大きかったと思います。創業者の鳥井信治郎氏も、佐治敬三氏も、本当に広告が好きでした。私は、入社して2年目から佐治敬三氏にプレゼンをしていましたけど、本当に宣伝が好きで、相当厳しい注文が必ずきました。「これをやったらアカン」というのは全くなかったですが、中途半端な広告をすると「あれ、何や。全然オモロない」とピシッと怒られました。

伊吹先生 「オモロい」かどうか、なんですね。

山田本部長 そうですね。ほかにも、コピーの文量が多すぎると、「わからん。もっともっと文章を短こうせい」と言われたり。

伊吹先生 それだけ広告のことが分かっているということですよね。世の中の多くの会社のトップには素人判断で好き勝手なことを言う人はたくさんいるけども、ちゃんと判断できる人が少ない。けれども、御社の場合、トップが宣伝について見識を持っていらっしゃる。その厳しい目を満足させるために、世に出す前から社内でものすごい苦闘が存在するわけですね。

山田本部長 そうですね。トップが「お、ええやないか」って言うまで頑張るしかない。

伊吹先生 社長さんがクリエーティブに口を出される場合は、何か一つ特定のカラーがつくような気がしますが、御社の広告は多彩です。それはなぜでしょうか。

山田本部長 それは、基本的にそれぞれの商品に対して広告を考えているからだと思います。ビールならビール、ハイボールならハイボールで、楽しみ方が全部違いますから。ただ、見終わった後に、「あ、サントリーの宣伝ってやっぱり面白いよね」「どこか笑わせるよね」という部分を一つつくれば、いろんなコマーシャルをご覧になっても、「あれは多分サントリーだね」とわかっていただける形になるかと思います。読後感的なものですかね。

伊吹先生 ただそのバリエーションといいますか、柔軟に対応できる振り幅を社内にもっていなきゃいけないということですよね。

山田本部長 サントリーの宣伝は、協同作業でつくります。社内では宣伝担当、商品担当、社外ではクリエーター、代理店という人たちがワンチームになって一緒につくっています。。

伊吹先生 いろいろな方と一緒につくられる、ということでお伺いしたいのですが、社内にもプロフェッショナルがおられる状況で、広告会社さんとの距離感と言いますか、お付き合いに関しては、何か工夫されているところはあるのでしょうか。

山田本部長 時代ごとに、今を1番表現できるクリエーターがいます。当社の宣伝や制作の担当者は、その方々によい仕事をしていただけるように、プロデュース業務に専念しています。コピーワークなどディティールにも意見は言いますが、基本的にはいいクリエーターを見つけ出してくることにほぼ注力しています。ですから制作部を中心に、世のクリエーターがどのような作品を手掛けているか、ということも全部チェックしています。

伊吹先生 広告に関する社内連携については、いかがでしょうか。

山田本部長 サントリーという会社は、人と人の距離が近くて、部署というより人と人でつながっているという感じですね。ですから、「角瓶の世界をもうちょっと広げたいからそちらで考えてよ」とデジタル広報を推進している部署に依頼するなど、他部署の人間を引き込むのが普通です。そしてうまくいくことが多いですね。

伊吹先生 計画、計算の反対に、「創発」という言葉があります。計画したほうが分かりやすいのですが、創発がすごいのは計画されている以上の成果を発揮する、つまり時々「跳ねる」からです。しかし、御社の場合は時々というより、高い確率で跳ねているように思います。

山田本部長 先生がおっしゃった創発について我々もよく理解しています。一方通行になってしまいがちな計画に対して、創発はお互いの意識の中で生まれるものです。広告は、「これどう?」「ええやん」「全然オモロない」という風なボケとツッコミのようなやり取りをして作っていったほうがいいと考えています。あらかじめロジカルに宣伝プランを立てることもできますが、やっぱり、やり取りがないとつまらないものになってしまうように感じます。

伊吹先生 お笑いの、例えばいとし・こいしの漫才は、すごく計算されたものだそうですが、最後はその場で創発されるそうですね。御社のクリエーティブも近いものを感じます。

デジタル時代の新たな挑戦
目指すのはインパクト

伊吹先生 御社のフロンティア精神を端的に伝える有名な言葉に「やってみなはれ」がありますが、デジタル時代のクリエーティブは、さらにそのハードルが上がりますね。

山田本部長 今まで平面で生きてきた人間が、三次元で生きなさい、と言われているようなもので、ものすごくハードルが上がっています。テレビやコマーシャルにおいては蓄積したノウハウがあるのですが、ウェブやSNSがセットになると要領が違います。しかし、それを乗り越える作品を生み出すことができたら、かつてヌードポスターで世間をあっと言わせ大きな話題を呼んだ時のように、ものすごくインパクトのある広告が誕生すると思います。

伊吹先生 いわゆる「デジタルネイティブ世代」が、御社にもどんどん入ってらっしゃると思いますが、やっぱり彼らの発想はこれまでの世代と違うものですか。

山田本部長 我々の中で思っているだけのことですが、スマートフォンのあの小さな画面で、情報を途切れず見ることができるデジタルネイティブ世代にとっては、15秒のコマーシャルが単なるノイズに見えていて、情報が「小さく」受け取られすぎている可能性があります。その反面、屋外広告などのリアルに大きなものが情報としてインパクトを与えるかもしれないし、そういう古いメディアがかえって新鮮に受け入られ、響くかもしれないとも考えています。

伊吹先生 最後に、発祥の地である大阪、関西の広告界についてメッセージをお願いします。

山田本部長 大阪はやっぱり「オモロい」の原点のエリアですから、サントリーとしても大阪・関西が元気になる活動をバックアップしていきたいと考えています。みんなで、競い合って、この国を「オモロく」しましょう。

伊吹先生 「面白くしましょう」、じゃなくて、「オモロくしましょう」と。面白いとオモロいは違うというころにこだわって、オモロいことをやっていくという部分に、大阪が勝負できるヒントがあるように感じました。

山田本部長 本当にそうだと思います。一人でやっても何もオモロない。それは創発じゃないですし。

伊吹先生 本日はどうも、ありがとうございました。

山田本部長 こちらこそ、ありがとうございました。(了)